過去の引き出しにはご用心
物事って、いろいろな出来事や事象、人と人、タイミングその他諸々、重なっていくこと往往にしてあると感じております。
昔は意味がわからなかったことも、ある一定の年齢に達した時に、あの時の真の意味が理解できたと感じる時。
あるいは、目の前の出来事が、過去の自分の体験と類似して(あるいは重なって)デジャブみたいな感覚を覚えること。
”経験値”
そう言ってしまえばそれまでかもしれません。
ですが、”経験”ってとても大切な要素だと思ってます。
ですが、
時として脳みそは都合のいいように整理整頓をして、過去の自分の経験という名の引き出しから似たような事柄を引っ張り出して来るような気がしてます。
危機管理という側面では、非常に優秀かつ合理的で、とかくコミュニケーション手段としていいと思う反面
最終結論や答えという名のものに、ある一定の基準を設けてしまうような感覚にさらされます。
昔、ファミコンのスーパーマリオが大好きで、いかに最速かつ最短で8-4をクリアすることをただひたすらにやっていた小学校時代。
詳しくは覚えてはいません。おそらく何十回、いや何百回クリアしたかわかりませんが、最速、最短ルートかつ、ノーミスでクリアするすべを完成させた記憶があります。
そして時は経て、
高校生になったある日に、
友人たちと久しぶりにファミコンのスーパーマリオをみんなでやった記憶の中、最後に1人でやらしてもらい、8-4をクリアした時に何かこう、虚しさを感じてしまった自分がそこにいて。
これはあくまでファミコンのでの出来事かもしれない。
ても時は経ち、
自分があの時の小学生の気持ちではなく、今の高校生の時に感じた、”同じことをしたとしてもその時その場面、その年齢、その環境が違えば感じ方が違うということ''
この感覚の礎を僕は結構大切にしてます。
今日来てくださっているお客様が、
もし次回も来てくださっていただけたなら、
全く違う1日をプロデュースするのが、
僕らの仕事
決め付けているのは、
自分の思考回路。
呪いとか呪縛とかではなく、
意志
朝起きる事から己をプロデュースしていくことが、
お客様の未来をも綺麗にできると感じた、
そんな木曜日でした。
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